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      [平昌五輪]スピードスケートの李相花「自分に100点あげたい」

      2018/02/19 18:31

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      【江陵聯合ニュース】平昌冬季五輪のスピードスケート女子500メートルで銀メダルを獲得した韓国の李相花(イ・サンファ、28)は19日、競技場付近で開かれた記者会見で「五輪前にも話したように、伝説的な選手として(人々の記憶に)残りたい」と話し、そうなれたのではないかと笑った。引退の時期については、あと1〜2年は続けると思うが、北京冬季五輪への出場については確答できないと述べた。以下は一問一答。

      記者会見で質問に答える李相花=19日、江陵(聯合ニュース)
      記者会見で質問に答える李相花=19日、江陵(聯合ニュース)

      ――銀メダルを獲得した感想は。

      「4年待って平昌まで続け、結果は銀メダルだが、今はさっぱりしている」

      ――北京冬季五輪で見られるか。

      「まだ確答はできない。とりあえず、気楽に(その問題は)置いて休みたい。(北京は)本当にとても遠い話だ。またお話する」

      ――終わった直後の感情と今の感情は少し違うか。

      「全く同じだ。競技前から五輪が終わればどうなるかたくさん考えたが、そのたびにこみ上げるものがあった。昨日の状況を振り返ると今もこみ上げて、涙が出そうだ」

      ――小平奈緒との友情が知らされたが、大会前はそのような様子にあまり見えなかった。

      「私も(小平)奈緒も五輪に向かって進んでいたので、それほど話す時間がなかった。その選手(小平)もナーバスになっていたし、私も五輪の準備で敏感になっていた。五輪が終わったので、(肩の荷を)みな下ろし、互いに祝ったのだと思う」

      ――涙を流した意味は。

      「ソチ五輪が終わってからの4年がとてもつらい時間だった。平昌五輪がこんなにすぐにやってくるとは考えていなかった。そのようなプレッシャーや負担がなくなり、泣いたのだと思う」

      ――会員制交流サイト(SNS)で 「私は私」というハッシュタグ(検索の目印)を使っていた理由は。

      「私は奈緒ととても比較された。周りの人のことを意識したくなくて、わが道を行くと、自分自身に呪文をかけていたのだと思う」

      ――自身が持っていた五輪記録が破られたことで、同じく自身が持つ世界記録に対する愛着がわくのでは。

      「どのみち五輪記録は破られると思っていた。競技場の氷質がソチよりはるかに良かった。 私も(小平と同じ)36秒台後半を考えたので驚きはしない。記録は破られるためにある。私の世界記録もいつか破られるだろう。未練はない。世界新記録を立て、五輪記録を持っていたことだけでも私は満足だ」

      ――キム・ヨナとはメッセージをやりとりしたか。

      「した。ゆっくり休んで、今度会おうとやりとりした」

      ――引退を留保した理由は。

      「能力があるのであれば、五輪まででなくても1〜2年続けるのが正しいと考える。だがそこまで考えていないので、お話するのが難しい。私の競技は昨日終わったばかりで、後で決定する問題だと思う」

      ――前回の五輪では競技後にショートトラックなどを応援していたが、今回はどうするのか。小平と過ごす時間がありそうか。

      「小平選手はまだ(チームメートの)競技があって、一緒に遊ぶことはできないと思う。私はショートトラックのリレーとアイスホッケーを応援する予定だ。

      ――今でも自分に100点を与えるか。

      「はい。私は100点だ。諦めてしまいたいときもあったが、リハビリをして良くなる自分を見て、健在だと感じられ、五輪に出場した私に100点をあげたい」

      ――現役をどのように終えたいのか。

      「五輪前にも話したように私は伝説的な選手として(人々の記憶に)残りたい。韓国のスプリントにこのような選手がいたんだな、という選手になりたい。まあ、なれたと思います(笑)」

      ――地元開催の五輪はどうだったか。

      「五輪という印象をあまり受けなかった。選手村が住んでいる自分の家のようで、外に出ると皆、韓国の人だった。かえってそれが、あまり負担にならなかったようだ。バンクーバー、ソチではオリンピックなんだなと肌で感じたが、ここでは前よりあまり感じず、競技の準備がやりやすかったように思う」

      yugiri@yna.co.kr