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韓国・大邱に慰安婦歴史館 8月オープン

【大邱聯合ニュース】光復(日本による植民地支配からの解放)70年を迎える8月15日、 韓国南東部の大邱市に旧日本軍の慰安婦に関する歴史館「ヒウム日本軍慰安婦歴史館」がオープンする。

 同市と慶尚北道の慰安婦被害者26人(生存者5人)の苦難の生涯と活動、地域で展開してきた慰安婦問題関連の運動の歴史を紹介する歴史館だ。

 慰安婦問題に関心を持ち続けてきた市民団体が設立計画を立て、資金を集め、5年余りで開館にこぎつけたことは、市民運動の一つの成果にも挙げられる。

 韓国で慰安婦に関する歴史館がオープンするのは京畿道広州市にある「日本軍慰安婦歴史館」、釜山市の「民族と女性歴史館」、ソウル市の「戦争と女性人権博物館」に次いで4番目となる。

8月にオープンする「ヒウム日本軍慰安婦歴史館」=24日、大邱(聯合ニュース)8月にオープンする「ヒウム日本軍慰安婦歴史館」=24日、大邱(聯合ニュース)

◇紆余曲折経て開館へ

 歴史館設立事業は2009年12月、市民団体「勤労挺身隊ハルモニ(おばあさん)とともにする市民の集まり」が中心となって日本軍慰安婦歴史館推進委員会が発足してから始まった。

 慰安婦被害者が高齢となり亡くなっていく中で、市民社会が記念事業に目を向け、歴史館の設立を推進した。

 事業の最大の壁は巨額の事業費だった。

 2010年に被害者の金順岳(キム・スンアク)さんが亡くなる際に遺産の半分を社会福祉法人の社会福祉共同募金会に、残りを歴史館の設立基金に寄付した。このときの寄付金約5800万ウォン(現在のレートで約650万円)が当時の事業費の全てだった。

 同団体は、歴史館設立事業を市民団体が主導するとしても、事業費は地方自治体や政府が負担すべきだと主張した。

 しかし、政府がこれといった動きを見せなかったため、基金集めのための運動に乗り出し、収益事業の目的で立ち上げたブランド「ヒウム」の製品を販売し、その収益金をためていった。「ヒウム」は「希望を花咲かせる」という意味の韓国語の略で、歴史館の名前にも付けられた。

 その結果、2013年7月に土地と建物を購入し、歴史館の設計に取り掛かったが、事業費が当初の計画よりも膨れ上がり、完工時期も数回先延ばしされた。

 資金難で歴史館の設立に支障が出ていることを知った女性家族部と大邱市が遅まきながらも2億ウォンずつ支援した。

 約12億5000万ウォンの総事業費のうち、同団体が基金集のために展開したキャンペーンや製品販売の収益金が約7億ウォンで最も高い割合を占める。

◇ 植民地時代の日本家屋が歴史館に

 大きな工事が終わった歴史館では、8月のオープンを前に内装を整える作業が行われている。

 同団体は、日本による植民地支配からの解放後、日本人が残していった建物を購入し、歴史館として生まれ変わらせた。

 建物は1920年代に建てられたもので、植民地時代の残滓(ざんし)ではあるものの、歴史性と場所を生かすという意味で新築ではなく改築を選択した。建物の外観はもともとの雰囲気を残した。建物が古いため修繕箇所が多く、新築よりも時間と努力が必要だった。

 歴史館は地上2階、全体面積は約280平方メートルで、展示室、映像室、教育室、収蔵庫などがある。

 1階の常設展示室は、大邱市と慶尚北道の慰安婦被害者と慰安婦問題解決に向けた運動に関する資料を展示する。映像室では被害者の証言やさまざまな活動を映像で紹介する。

 2階の企画展示室は特別展示のための空間だ。教育室では慰安婦問題や平和、人権に関する講座などが開かれる。収蔵庫には同団体が保有する国家記録物が保管される。

 1階から2階へ続く階段は、金さんをはじめ被害者の作品を展示するギャラリーとなっており、屋上広場は公演や野外展示などのイベント空間として使われる。

 同団体のイ・インスン事務処長は「慰安婦被害者のうち生存者は過去の歴史が清算されないまま忘れられてしまうのではないかと恐れているようだ。歴史館を訪れる市民、特に青少年に被害者の苦痛と慰安婦問題の解決について関心を持ってもらいたい」と語った。

hjc@yna.co.kr